大杉谷(大台ケ原)2024.8.2

メンバー:TH(単独)


― 名にし負う名渓 大杉谷から大台ケ原へ ―
(誰が決めるのか)日本三大渓谷(一説では、黒部、大杉谷、清津峡だという)という冠の付く、
大杉谷沿いの道を歩いた。黒部には及ばずとも、三大渓谷の名に恥じないと思った。
長い、長い、とにかく長い。この渓谷への憧れは、ある紀行文を読んで芽生えた。
ダムのできる前、「バスは、どこまでもどこまでも峡谷を遡ってゆく」という旨の記述が強く印象に残っている。
鬼石川を遡る光景と並べて想像していた。できるならばダムのできる前に訪ねたかったが・・・。

 歩き始めてからは、できるだけ急いだ。1日で突破しないと遭難扱いだし、
昭文社の地図などによれば、11~12時間を要するという。日が高くなってからは、
数十歩ごとに額に巻いた手ぬぐいの汗を絞った。随所に「転落注意」「死亡事故発生地点」などの看板がある。
休憩所には、連絡用の無線機があった。

道は、登山道というよりは「渓谷沿いの遊歩道」といった具合に、よく整備されている。
もちろん、転滑落=即死という場所が多い。宣伝パンフに掲げられている幾多の滝は豪壮で見応え十分だったし、
淵は吸い込まれるようなエメラルドグリーンの水を湛えていた。
 最高峰(といっても反対側の駐車場からは、1時間もかからない)の日出ケ岳への登りは、つらかった。
当然ながら、慰めになるような美しい滝はない。体も疲れ果てた。日没前の宿到着は確信したが、
足が(頭で思うほどには)上がらない。悔しいが、愛妻の至当の名言「昔の栄光にすがってもダメ。
髪の毛も体力も」が脳裏に浮かび、情けない。山頂では、足をとめなかった。

展望もなく、サンダル履きのアベックが居たから。早めに二人と離れ、一歩でも早く愛妻(の持参するビール)
に会いたくて、整備された道を走るように下った。汗みずくで宿に着いた私に、女将さんは言った。
「奥様は(ビールは)、まだお見えでありませんよ。」我が名言「信ずる者は騙される」は、大台ケ原でも生きていた。
遅れて着いた愛妻に「ビールは?」と尋ねた。彼女は平然と答えた、「持ってきてないよ。」