メンバー : (CL)MM・NY・OSe・OS・MS・AS
2013/7/21 「会山行」 巻機米子沢
メンバー : (CL)MM・(SL)ON・(SL)AN・IM・KN ・OS・OS・YH・AS・HS・TK・MS・他1名
2013/7/20 中ノ岳~丹後山周回
メンバー : KN、+1
十字峡登山口 5:00・・中ノ岳 9:00・・兎岳(昼食)11:00~11:45・・丹後山 12:45・・十字峡登山口 15:00
十字峡登山口 5:00・・中ノ岳 9:00・・兎岳(昼食)11:00~11:45・・丹後山 12:45・・十字峡登山口 15:00
2013/7/14-17 聖岳・光岳 周遊登山
メンバー : OSe(記)、+7
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聖と名がつくからには、何か宗教と関係がある山かと思っていたらそうでは無かった。深田久弥さんの「日本百名山」には、沢の名前からヒジリ岳となったらしいとあり、「しかし聖岳に関しては、こんな語源は忘れてしまった方がいい。そして初めから聖岳という美しい気高い名があったことにしよう。」と書いている。 平成21年の10月、荒川三山・赤石岳を縦走した時、南に見える大きな山が聖岳と指差しされて、さらにその奥に光と書いてテカリと読む、日本アルプス南端の光岳があると教えられ、それらの名前と山容が心に深く刻まれた。今回の登山は、体力はともかく精気は充実している男性5人、女性3人の中高年8人(どちらかというと高年)で縦走しようというものであった。 メンバーは「六日町山の会若ぶな」の有志であり、筆者は最年少である。行程は、中央自動車道飯田ICを降りて、国道152号から遠山川沿いの林道に入り、便ヶ島登山口に行って聖岳に登り、光岳まで縦走して易老渡登山口に降りて、車を置いてある便ヶ島まで戻ってくるものである。 易老渡手前にゲートがあり、17時から翌朝8時まで通行止めとなっている。登山の行程を考えると前日に便ヶ島の登山口に入っている必要があり、登山口に1泊、聖岳、光岳の山小屋に2泊の計3泊4日の山行であった。
14日 時々小雨が混じる中、六日町ICを11時に集合して出発した。現地の予報では天気は回復基調である。しかし、飯田ICの手前で断続的に強い雨となり、天気回復は望めないのではと思いがつのる。 飯田ICを降りて途中のガソリンスタンドで車に給油をして、便ヶ島に向かう林道を15分くらい走ると急にエンジンの調子がおかしくなった。エンジンが噴けなくなり停まってしまった。スタンドのレシートを調べると、軽油を入れなければならないところを、ガソリンとなっている。まだ、携帯が通じる場所であったので、レシートに書かれているスタンドに電話を入れると、スタンドの店主がすぐにミスに気づき、代りの車を手配する事になった。しかし、ゲートの閉鎖時間が迫っていて、この分では大幅に予定が狂うのではと懸念された。 今夜は登山口の便ヶ島の聖光小屋に泊まる予定である。聖光小屋と携帯がつながり(聖光小屋は衛星電話)、リーダーが状況を説明すると、小屋の主が、何回か往復になるがゲートまで軽自動車で迎えに行くという。しばらくすると、スタンドの店主がジャンボタクシーと一緒に平謝りでやってきた。車は下山までにスタンドの店主が直しておくことになってタクシーに乗り込む。ゲートはたまたま登山事故があって、警察と消防のレスキューが入山していたため閉鎖になっていなかった。聖光小屋に予定より1時間遅れの18時到着した。今回、携帯の通じる所で車が停まったので良かったが、もっと奥の携帯が通じないところだったらどうなっていただろうかと思う。もっともバーベキュー用の食材はたっぷりあるし、車の中が狭ければシェラフ、シェラフカバー、ツェルトがあるから外で寝ればいい。それも一興である。 聖光小屋は風呂、水洗トイレがあるきれいな小屋である。ただ小屋主の青木さんの体調が思わしくなく、食事が出せないので自炊である。我々以外の泊り客1人。コンロを使って焼肉をする場合は駐車場の隅の四阿でしなければならない。今夜のメインメニューは、六日町のヤマチクで仕入れた越後モチブタのバーベキューである。カンビール、焼酎、酒などがこれでもかというくらい出てきて、今日のアクシデントと明日の好天を祈念して大いに盛り上がった。 15日 昨日の盛大な天気祭りも虚しく雨である。雨といっても小雨であるので筆者は傘をさすことにした。小屋主の青木さんと人懐こい愛犬に見送られて、ここから標高差約2000mの聖岳山頂を目指して5時20分出発。便ヶ島から遠山川沿いに歩く登山道は、所々崩落しているが、トンネルや石積、法留等の土木構造物や丸太を使った落石防止柵がある。かつて、遠山川源流域は江戸時代より良質な木材の産地であって、近年では森林鉄道が通っていた。登山道はその跡を通っている。西沢渡まで平坦な道のりである。西沢渡で沢を渡るロープウェイがかかっている。許容荷重150キロのゴンドラに3人で乗り込む。ロープを手繰って向こう岸に渡るがけっこう時間がかかる。沢を渡ると土台が残っている造林小屋跡があり、さらに進むと大きな廃屋がある。林業が盛んだった頃の作業基地だったのだろうか。 ここまで歩いて来る途中、手足に違和感を訴える人が続出。見るとヤマヒルがくっ付いている。中には美味しく血を頂いたらしく、丸々となったヒルもいた。筆者もスパッツを恐る恐る捲ってみると一匹うごめいていた。不思議と同行の女性にはくっ付かず男性ばかりである。ヒルも獲物を選ぶのだろうか。 西沢渡からは樹林の中の急登になる。小雨は止んだがガスが漂い見通しは全く利かず、尾根道を黙々と登る。下山者と頻繁にすれ違うようになり、「下の方でヒルに注意した方がいいですよ」と言うと、「昨日、顔にチューされちゃいました。昨日は雨で散々でした」と屈託なく細見の若い女性が答えた。やっぱり獲物を選ぶようだ。
13時10分、平坦な聖岳の山頂に到着。遠方の展望はきかないが、谷を挟んだ北の方向に、深田さんが南アルプスの宗家と呼ぶどっしりと構えた赤石岳、赤石岳の背後に全貌は見えないが荒川三山の山並が広がる。そこから左に目を転ずると、赤石岳からの稜線に大沢岳、兎岳のピークが見える。大沢岳の右の沢に百閒洞山の家が見える。南の光岳方面は稜線にガスがかかっている。東に茫洋と富士山が鎮座している。今回の山行の計画立案者である阿部進さんが、「10年前に叶えられなかったものを取り返した」と言う。10年前、同じルートを歩いたが、雨風で何も見ることができなかったという。各人各様の思いが山頂で交錯するひと時であった。 山頂に20分ほどいて下山にかかる。途中の稜線から樹林の谷間の中に、赤い屋根の聖平小屋が見えた。15時半に小屋に到着。聖平小屋は薊畑分岐から30分のところにあり、静岡県側の聖沢登山口に通じている。収容人員が120名である。到着すると、お代り自由のフルーツポンチが玄関先に置いてあり、消耗した体に甘さが嬉しい。350のカンビールが250円とあり、通常の半額だからナニコレと思ったら賞味期限切れのものだった。さっそく、とりあえず一人2本ずつ買って小屋の外のテーブルで、ツマミを持寄り飲み始める。小屋のスタッフは、味は変わらないと言うが、風味が落ちて今一つである。1泊2食で8000円。筆者はシュラフ持参だから1000円引きである。夕食は可もなく不可もなく、こんなもんだというところか。夕食後、メンバーはくたびれたのか早々に寝入った。明日の好天に期待をして18時半就寝した。 16日 聖平小屋を5時20分出発。2日目は光岳まで稜線歩きである。しかし、昨日の祭り方が中途半端だったのか、ガスで展望が利かず風も強く寒い。下を見て黙々と歩く。 途中でクロユリを目にして、上河内岳に7時50分到着。相変わらずガスと風が強い。「天気が良ければ稜線漫歩が楽しめたのに」という声が出る。幻想的な亀甲状土の草原を通って茶臼小屋への分岐に到着。ここで時間が少し早いが昼食となった。風が弱い所に移動してコンロでお湯を沸かし、パスタ、五目御飯、コーヒー等を楽しむ。 南下するにしたがい、樹林が深まり足元にはシダ類が目につくようになってきた。茶臼岳、喜望峰のピークを踏んで到着した易老岳の山頂は木々の中にあった。標柱が無ければ、どこが山頂かと分からない。13時到着する。 易老岳の分岐に大きなザックを持った1人の登山者がいた。メンバーに水を分けてほしいと話しかけてきた。聞けば北岳からテント込30キロ超のザックを背負って12日間をかけて縦走してきたが、この分岐に来たら団体さんがいて、間違って易老渡の方に降りてしまい、今登り返してきたところだという。最初学生かと思ったが筆者とそう歳は変わらない。だいぶ消耗している。たいしたものだと感心したが、後日、HSさんの北アルプスを40キロのザックを背負って、14日間縦走したという話を聞いてビックリした。
木道を進むと、ガスの中に光岳小屋が浮び上ってきた。光岳小屋に15時40分到着した。 小屋に荷物を置いて光岳をピストンする事にして、チェックインする。この小屋は50歳以上かつ3人以下まで食事を出すという、ユニークな仕組みで、計画立案者が予約の際、3+3+2という事にして食事を出して貰えないかと交渉したが駄目だった。 光岳小屋は公設経営で、川根本町県営となっている。食事無しで1泊4500円。筆者はシュラフ持参なので1500円引きである。到着時に程よい温かさのお茶が出た。さすが静岡県である。 南アルプス最南端の光岳山頂までダケカンバが混じる樹林の中を20分ほど歩く。山頂は木々に囲まれていて展望はきかない。山頂から15分ほど下ると、光岳の山名の由来と云われる光石(テカリ石)がある。白く輝く石灰岩の巨岩が2つ。沢側の高さは50mくらいか。ガスが薄れて遠山川の深い谷間が眼下に見える。 深田さんの「日本百名山」に日本のハイマツの南限は、光岳だという。「頂上は狭かった。少し行くと御料局三角点のある頂上がもう一つあった。ここの方が幾らか広い。パインアップルの缶をあけ、一抹の匐松の根元に腰をおろして休んだが、その匐松こそ日本最南端のものであった」。三角点があったか覚えていないが、山頂の先に展望が開けて、眼下に光岩が見える所にハイマツがあった。茶臼岳を過ぎて仁田池付近で見たライチョウも、光岳が南限だという。 小屋に戻り、1本600円の350カンビールを、夕食まで今日の山行を振返りつつ飲む。自炊組は小屋食組が終わるまで食堂を使えない。食堂はコンロの使用ができ、朝は4時40分頃までなら食堂を使用できる。夕食は昼食と同様、お湯を沸かし炒飯、カレー御飯等を食べて、前夜と同じく早々に寝た。 17日 昨日、30キロ超のザックを背負っていた人が、テントから出ていたので、記念撮影のシャッターを押してもらって光岳小屋を5時出発。昨日と同じくガスで展望がきかない。縦走最終日は、易老岳まで戻り易老渡の登山口に降りる。給油ミスをしたガソリンスタンドに携帯が通じ、易老渡登山口に車を置いてもらう事になった。 6時50分、易老岳分岐に到着。標高が下がるにつれ次第に、木々が太く大きくなる。 標高1480mの面平の森は、ヒノキ、ブナ、ミズナラ、サワラ等の樹齢500年とも云われる巨木が生茂り、その美しさに圧倒される。面平という地名は、ここの木がお面の材料として使われた事から、付けられたそうである。 ずぅっと森の中を歩いていたため、遠山川にかかる幅1mほどの橋の向こうが、光に溢れていて眩しい。陽が射す易老渡の登山口に10時到着。車は駐車場に置いてあった。車の中の発砲スチロールの中に入れてあったカンビールが、まだ冷たくて美味しい。自分の畑で作ったというメロンも出てきて、やさしい甘さが体にしみる。 帰りは、日本のチロルと称される「下栗の里」に立ち寄る事になった。メンバーの「たまげた所に住んでいるもんだ。例えれば、日光いろは坂に家を建て自給自足の生活をしているようなワイルドな集落だ。娘を嫁にやるには躊躇する。でも住めば都か」と声が出る。急斜面に家が建てられていて、道路は狭く急勾配である。家の周りの小さな畑はよく手入れがされているが、転げ落ちたらただじゃ済まない傾斜である。冬はたぶん道路が凍結するだろうと思うが、車の運転は大丈夫なのかと、いらぬ思いが込み上げてくる。その集落の上に、土産屋を兼ねた食堂があり、そば定食が美味かった。 かぐらの湯で4日間の汗を流し、件のガソリンスタンドに寄ると、店主は不在だったが女房が出てきて、平謝りで軽油を満タンにしてくれ、地元のパン屋の美味しいパンだと言って人数分を渡した。一同、スタンドに寄る前、車中で最後はどういう締めになるかと喧々諤々話をしていたが、これでメデタシメデタシという結論になって帰路についた。 |
2013/7/14-15 甲斐駒ヶ岳 念願の黒戸尾根
メンバー:OS (記)+Os
甲斐駒には、2度登っていずれも悪天候で展望なし。3度目の正直と思って、初の黒戸尾根から挑戦。昨秋、ワンディで行った早月尾根と肩を並べる日本二大ロング尾根なので、それなりの覚悟を決める。登山口に前泊しての日帰りも可能であるが、相棒の体力不安もあり7合目小屋泊のゆったりプランとする。4:30に家を出て、7:51に登山口P着。尾白川渓谷での川遊びやキャンプのお客さんも多く、Pは満杯状態。甲斐駒ヶ岳神社にお参りをし、間もなく渓谷との分岐の標識に七丈小屋の料金案内あり。なんと「ヘリ空輸の不調につき、小屋での食事提供はなし」との表示に唖然。1泊2食の小屋泊まりのつもりでいたので困ったが、多めにおにぎり・パンがあり、非常食もあるので何とかしのげるだろうと決断し進む。10:20の2回目の休憩時、若い美人山ガール2人組にカメラのシャッターを頼まれる。一人は登山が2回目だそうで、もう黒戸尾根とは驚き。途中、下山するパーティーに小屋の食事のことを聞くと、カップラーメンは売っているとのことで少し安心する。
刃渡りの手前で写真を撮り、その先のピークを右から大きく巻いて、下りが始まる。そこで、我が会のIさんが小走りで登ってきて、Kさんもすぐ後ろについていた。二人とも私たちに出会って驚きの様子であるが、我々はのりさんのメールで知っていたので、どこですれ違うのか楽しみにしていた。彼らはワンディなのに、体力的に余裕の表情。さすがはロングコースのスペシャリストである。朝4:15頃出発で山頂まで5時間少々とは早い。少し歓談をしてお互いの健闘を称えあい目指す方向に分かれる。
ここはトレランの人も多く行き交っている。梯子の階段を何箇所か過ぎ、意外と早く13:24に七丈小屋に着いた。早速受付けをして山頂ピストンの準備をし、最小限の荷物で出発。少し登るとテン場が2箇所あって、下が15張り、上はまだ3張りほど。梯子段や鎖場を越えて、大きな岩に2本の剣が刺してある真下に到着。ここでポツポツと雨が始まり雨具を装着。さらに進むといい降りになってきたし、まだ山頂までけっこうありそうなので、撤退することを決意。断念して下り始めると、本格的な大降りになって来て、登山道も川のようになってきた。 土砂降りの中、15:40七丈小屋に駆け込む。着替えをして、まずはおっつきの缶ビール、次に菊水、焼酎へ。夕食に小屋のカップ麺も食す。1階のお客の夕食が終えた頃、小屋番さんの布団敷きが始まったので、皆でその作業風景を見守る。素早く丁寧で、職人芸のようであった。毛布は新しくていい寝具である。ストーブがついてやかんのお湯は自由。ちょっと暑いので、窓を少し開けて寝る。 翌朝は4:30起床。夜中はけっこうな雨音がして、外はすごくガスっている。天気が悪いので、回復を期待しながら遅めの出発とする。雨具を着て完全防備で不要荷物はデポし、6:40昨日の到達地点まで来た。その後は、30分足らずで山頂に到着する。小雨で体は濡れてやや風もあり寒い。低体温症ほどではないが、長居は出来ないので写真を撮って早々に引き上げる。甲斐駒は、どうも相性が悪く、またしても悪天候に視界を阻まれた。 好天の兆しがないので、10分程で下山。しかし、七丈小屋に近づくころになって晴れ始めて、天気が良くなってしまった。8:40小屋に着き腹ごしらえをしながら、晴れてきた山頂方面を振り返る。帰りの時間の都合もあるので止むを得ない。残念無念の思いを引きずりながら、9:14七丈小屋を後にする。5合目小屋跡9:46、刃渡り直下で前日落とした手袋を拾い、駐車場には12:45到着し、風呂に入って帰路の途に就く。 下山途中に、ピストンしてきたトレランの人に所要時間を聞いてみた。「う~ん、ベストは5時間位ですねぇ!」。 え~っ、登り3時間、下り2時間ってこと~。驚異的、っていうか、超人的! |
2013/7/13-14 小松原~苗場山~小赤沢
メンバー : AS (記)
週末は雨という予報。よし、それなら雨の湿原を楽しもうということで、苗場山に決めた。
週末は雨という予報。よし、それなら雨の湿原を楽しもうということで、苗場山に決めた。
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結東集落から見倉橋を渡り、登山口へと向かう。見倉橋はかつて映画のロケ地になったところ。橋の下の渓谷を見ていると吸い込まれるようだ・・・あれ、映画ではヒロインが落ちる(落とされる?)場所だったような。危ない危ない。 10時50分に見倉登山口を登りはじめる。すぐに調子が悪くなる。休憩を何度も入れ、休むが一向に回復しない。途中下山も考えるが、2時間後には良くなるはずというよく分からない自信があり、自分の気持ちを騙しながら、前に進む。すると、本当に2時間後には良くなり、そのまま湿原に到着。この時の安心感は表現しがたいほどだった。 湿原ではコバイケイソウ、トキソウ、モウセンゴケ、ワタスゲなど多くの植物が盛りだった。 湿原を散策しながら進み、16時過ぎに小松原避難小屋に到着する。とても立派な小屋だったが、中は薄暗く、今夜一人で一晩過ごすのが不安になる。 5時に小松原を出発し、苗場山へ向かう。道中、所々に食べごろのネマガリタケを発見する。清掃登山以来、生で食べたいと思っていたので、挑戦してみる。聞いた通り、甘い。昨日の不調のこともあり、食べたらなんだか力が湧いてくるようだった。 昨日出発してから、一人も人と出会わなかったが、神楽ヶ峰以降は多くの登山客と出会う。苗場山頂では雨のため、周囲は雲の中だった。 苗場山から小赤沢までは、ブヨに襲われながら下山。多くの登山客が利用しているせいか、ブヨの大群がうようよしていた。 小赤沢登山口に13時に到着。デポした車に乗り、栃餅屋のおばちゃんに下山報告。すると五平餅?をプレゼントされる。2日間ともにずっと雨だったが、心もお腹も満たされた山行であった。 |
2013/7/2 大日杉小屋より飯豊本山
メンバー : KN、+1
大日杉小屋 4:00・・御坪 7:15・・姥権現 9:00・・飯豊本山(昼食)10:00~10:40・・大日杉小屋 15:15
大日杉小屋 4:00・・御坪 7:15・・姥権現 9:00・・飯豊本山(昼食)10:00~10:40・・大日杉小屋 15:15
比較的傾斜が穏やかな上に花が多いので、すっかりお気に入りになっ てしまった。今年はヒメサユリの咲く頃にぜひ歩きたいと思った。大規模林道がこの春開通して、さらに入山しやすくな った。 夜明け前の薄暗い中、大日杉小屋を出発。ザンゲ坂の上あたりでもう陽が昇ってくる。 地蔵岳までは花も少ない樹林帯の上り。そこからいったん下ると、いよいよお目当てのヒメサユリが現れた。 ここのヒメ サユリは花が大きく色も濃いと聞いている。まだ蕾も多く、まだ少し早かったかなぁと思ったが、次から次へと咲いてい る。それでも道刈りの影響なのか、昔に比べるとずい分数が減ってしまったそうだ。 掻き分け掻き分け歩いたそう・・夢 のような光景だと思った。それでも御坪に咲くヒメサユリは色も大きさも最高だった。 今まで見たことのない美しさに感 動し見とれる。 しばらくヒメサユリ街道を楽しむと次は雪渓が現れた。アイゼン無しでトラバース気味に歩くが問題はな い。 ほどなく切合小屋に到着し小休止する。 荷揚げが行われたようで2人の管理人さん達が急がしそうにしていられた。水も出ており、ありがたい。 小屋からも安定した雪渓を上り、草履塚に出ると、ガスの中から時折飯豊本山や大日岳の稜線が垣間見える。そして足元 には様々な花が咲いていて目を楽しませてくれる。 コバイケイソウ、ヨツバシオガマ、ミヤマハンショウヅル、オノエラ ン、ベニバナイチヤクソウ、オヤマノエンドウ、ヒナウスユキソウ、イイデリンドウ、ニッコウキスゲ、チングルマ、ハクサンイチゲなど・・・すべての花を覚えていられないほど飯豊は花の種類も数も多いと思う。だから大好きだ。 姥権現、御秘所の岩場を通過すると、本山小屋までひとがんばりの登りだ。一歩一歩進む。10時丁度に飯豊本山に到着 。あいにくガスで展望はなかった。 昼食を食べていると時折ガスが切れ、大グラ尾根が現れた。吊り橋の復旧を願いながら、秋にぜひこの尾根を登りたいと思った。 復路は往路を戻る。登って来る時は見えなかった花に会えたりするから不思議だ。 もう一度お目当てだったヒメサユリを堪能しながら下山した。 ほとんど人に会わない静かな静かな飯豊山行だった。 (記)K ・N |
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